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北川健次新作展

北川健次銅版画集
「ローマにおけるわずか七ミリの受難」 
新作コラージュ作品他

2003.11月22日ー12月7日

 月曜休廊  


版画集 ローマにおける僅か7ミリの受難

 ed.41 技法 銅版画  セット価格¥200000


ヘレネの飛翔法  ¥500000単品シート

オリュンピアの長い犬 ¥50000単品シート

Nizinskii―あるいは水の鳥籠 ¥50000単品シート

ヴェルニーニの視えない肖像 ¥50000単品シート

マルティウス通り12番地  ¥55000単品シート

停止するカルヴィーノの夢  ¥50000単品シート



 コラージュ展示作品
 @午前四時に城館を出るH・ヘルマンの幻影 

 Aマルティウス通り12番地 

 B計測するCoupe
 CFALS 
 DCOLOSSEUM 
 E停止するカルヴィーノの夢 
 FNizinskii―あるいは水の鳥籠T
 GNizinskii―あるいは水の鳥籠U 
 Hオリュンピアの長い犬 
 Iマリエスの庭
 JUPiano―水晶の夢
 K夢の通路  
 L河神クラデオスの視えない廃墟


 北川健次 
をクリックすると展示作品リストが分かります。
 

北 川 健 次

版画芸術101号・北川健次特集号サイン入り発売中




北川健次「Object-ドリアンの鍵」2002年
銅版画、ed.48、76×57.5cm
\220,000(額共)


版画集「サン・ミケーレの計測される翼
在庫あります。


英語版6点セット
A41部(英語版)

 \300,000(税込み)

紙サイズ=44.5×34.5cm
フォトグラビュール

・エル・エスコリアルの黒い肖像
・サン・ミケーレの計測され る翼
・STUDY OF SKIN−RIMBAUD
・完全なる遊戯、あるいはティエポ ロの七月の内耳
・PERSONA
日本語版5点セットに
ゴルディオスの結び目が入ります。




表 紙


サン・ミケーレの計測される翼
(単品価格¥100,000 )













エル・エスコリアルの黒い肖像
(単品価格¥70,000 )


STUDY OF SKIN - RIMBAUD
(単品価格¥70,000 )



完全なる遊戯、あるいはティエポロの七月の内耳
(単品価格¥70,000 )


PERSONA
(単品価格¥70,000 )



ゴルディオスの結び目
(単品価格¥70,000 )

新作銅版画集刊行について            北川健次

 九月三日より、日本とニューヨーク同時に新作銅版画集「サン・ミケーレの計測される翼」 を刊行することになった。前作で好評を頂いた 「サン・シュルピスの視えない庭園」以来、久しぶりの版画集の発表である。前作のテーマは、光と記憶の変容であったが 今回は皮膚論を意匠に、内なる「私」の遍在 化した相貌を、ニジンスキーやランボーに仮託したものである。
 銅版画に使用した紙は、イギリスのサマーセット紙、インクを作るための顔料はドイツの最高級顔料シュミンケルの「黒」を使用している。上記の材料にこだわったのには、大きな理由がある。それは、版画用紙の 代名詞ともいえるアルシュ紙をはじめとして著しいまでに紙や既成インクの品質が劣化し、そのことに無頓着な版画家や工房が生み出す耐久性のない作品が流通 していることに対する疑問と批判が私の内に激しくあるからである。
 湿度の高い我が国の環境は、おそらく作品保存の上で世界最悪な条件下にあることを、もっと痛切にコレクターの方々や画廊、そして作品を産み出す側も知らなければならない。印象派あたりから派生した画材生産性の効率化は、材料学に無知な人をも、表現に容易に加われる側面 を産み出した。しかし、その結果耐久性を欠いた劣悪な作品を輩出し、数年で変色をきたしてしまうようなことが現実として当たり前になってしまっているのである。
 ここにドイツ・ルネッサンスを代表する画家アルブレヒト・デューラーが記した、今に残る書簡の一節がある。
「貴下がそれをご覧にな ればお分かり頂けると思いますが、私は大きな丹精をこめて描きました。入手しうる限りの 最上の絵の具で作っております。上質のウル トラマリーンで下塗りして仕上げております。 (幾度も幾度も。)貴下がそれを綺麗に保存 なさるなら、それは五百年間美しくまた瑞々しく保つことを確信しております。」 (前川誠郎訳 デューラーの手紙より)
 デューラーの予見は、五百年は保つとしたが、 21世紀までは保たないであろうとも言っている。しかし、現実はデューラーの予見を超 えて、退色著しい現代の作品を尻目に、今も超然とその光彩を放っている。その理由は、ひとえに材料学に対する見識の高さと顔料に対するこだわりがあるからである。
 かつての工房では修行の必然であった画 材に対する知識の伝授が、今日それに変わるべき美術大学において現状では全くといっていい程になされていない。その結果、未成熟な表現者が増殖され、表面の効果だけを追った作品が生れていく。表現者が自分の産み出す作品の耐久性に対し無関心 になったのは、果たして何に拠るのだろうか。「表現」という言葉は同義のように「永遠性」をも含んでいる。作者も、版画の刷師も、また それを愛蔵したコレクターも、やがて死んでいく。しかし、作品は残り続け、未知の享受者の内面 に精神の一撃を与え続けていく だろう。それを夢想することは、画家のロマン チシズムというよりかは、むしろ表現に関わる ものが本来持つべき矜持というべきもので あるだろう。私はそのことを、自分の画室に掛けてある、ベルメールやフランシスコ・ゴヤ、 そしてヴォルスや駒井哲郎といった、時代を 異にした人々が残した秀作の数々を見る度に 思うのである。
  話を今回の版画集に戻そう。私が「サン・ミケーレの計測される翼」を刊行するに当たり、制作と同時に徹底的にこだわったのは、現在考えられるべき最良な品質の紙はなにか?そしてインクは何かという事で ある。そして、多くの逡巡と試行を経て辿り 着いたのが、イギリスのサマーセット紙であり、ドイツのシュミンケルの「黒」なのである。 耐久性、そして刷りの効果の両面において、それらは今日おそらく最高の選択であるだろう。 しかし、驚くべきことにサマーセット紙は、日本では全く入っていない紙なのである。理由は、表現者達の研究不足による需要の無さに拠る。私は、急ぎ数百枚を空輸で入手し、また、半永久的に退色しないという評価の高いドイツの顔料ーシュミンケルの「黒」も入手した。その結果 、どのような表現に到達する事が出来たのかは、直接作品を見て頂くにかぎる だろう。硬質な刷りと、強度な磁場を含んだイメージの宿りが、サマーセット紙の上に確実に定着したという表現者の自負がそこにあることを多くの人々に、是非、見ていただきたいと私は思っている。